多読授業を始める前に

四天王寺国際仏教大学
Beniko Mason

はじめに、

皆さんの中には読書は苦手であるという人が居るかもしれません。また、母国語である日本語による読書もあまりしてこなかったのに、これから英語で読書なんて、、、とためらっている人もいるかもしれません。しかし、英語の本を母国語と同じように読めるようになることに大きな期待と希望を持ってこの多読授業を楽しみにしている人もいることでしょう。

英語学習に対して皆さんの印象は様々だと思います。いつも学校で良い英語の成績をとって来た人もいるでしょうし、成績はあまり良くなかったけれども、英語は好きで、やはり上達したいと思っている人もいるでしょう。あるいは、英語には特に興味があるわけではないが、英語が読めたり、書けたりしても、損はないからと英語を勉強をしている人もいるでしょう。ひょっとしたら、英語なんか大嫌いだと思っている人もいるかもしれません。

この授業は今言った人達みんなのための授業です。英語が得意で好きな人にも、英語が不得意で嫌いな人もみんな上達するという魔法のような授業です。それは、「教える教員が魔法使い」だからというのではありません。インプット理論に即した多読授業は、自然な言語修得と一致しているからなのです。

これから多読授業を始める前に、是非みなさんに理解していておいて欲しいことがあります。少し長いですが、心を広げて読んでください。

I 多読授業の必要性

1 多読とは何か

読解力をつけるために、あなたがたが今まで中学や高等学校でしてきた主な方法は英文和訳を中心とした伝統的な精読方法です。それは短い読物を少しずつ丁寧に訳しながら、読解に必要な知識や技術を習得していくという授業です。その授業では 、文法の復習をしたり、単語の意味を調べたり、単語の発音の指導をうけたり、word study といって単語の語源や派生語などの勉強をすることもあります。教科書は少し難かしいものが多いので、辞書を片手に2、3ペ−ジを1、2時間かけて予習しなければなりません。 今まで この方法 で 読解力を養えるように学校で学習してきました。

しかし、この方法では、卒業後、娯楽で洋書を楽しむこともできないし、企業で必要とされるような読解力の養成にも不十分だと多くの人達が気が付きはじめました。英語教育に携わる多くの教員が、今まで実践してきた英文和訳を中心とする英語読解教育に疑問を感じて、今、その改善策として多読に興味を持っています。根強く、幅広く実践されている英文和訳中心の精読授業をやめてしまうということではなく、精読に加えて、多読を取り入れようとしています。

精読授業では、個々の学生の英語能力や興味を全て考慮に入れるわけにはいきません。クラス全体で同じテキストを用いて教師が中心になって、授業をしていきます。しかし、 多読授業では、学習者自身の実力にあった、個人的に興味深い本を、出来るだけ学生が自分で選び、自分のペースで、要求されたページ数を読んでいきます。

目標は、英語で多読することによって、

  1. 英語の読解力だけでなく、
  2. 読解に必要な知識、(つまり、英文法や英単語)、も養うことを目的としてます。また、
  3. 英作文やスペルの力も養い
  4. 読書に親しむ機会を学習者に与えること、
  5. 学習者にとって読書が趣味になること、
  6. 良書を読むことによってその人の人生をより豊かなものとすることも目的としています
精読授業でも、目標は、学習者が英語を日本語と同様に読めるようになることなのですが、いろいろなことが障害となっていて 、精読授業(英文和訳中心の授業)は、その究極の目的に達することができません。

2 精読授業はリ−デイング授業の目標に達することができない

「高等学校学習指導要領改訂の要点」の中で 外国語(英語)授業の中の、リ−デイングの授業の目標は、「書き手の意向などを読み取る能力を一層伸ばすとともに、英語を理解しようとする積極的な態度を育てる」とあります。

詳しくは、次のことについて指導するようにと指示しています。まず、(ア)まとまりのある文章の概要や要点を読み取ること。(イ)目的に応じて文章の内容を整理して読み取ること。そして、(ウ)内容を読み取って、それについて自分の考えなどを話したり、書いたりすること、等です。

しかし、残念ながら、一部の学生を除いては、高校生がこの目標に達したとは言い難いでしょう。なぜなら、多くの高校生が長文読解として出題される600語程度から成る長文問題より長い長文を、つまり、2000語程度で書かれた短い物語などを受験勉強以外に趣味として読んだことはないばかりか、その短い600語程度の長文読解を非常に苦手としているからです。上記にあるように、「英語(長文)を理解しようとする積極的な態度を育てる」 どころか「長文は嫌だ」という気持ちを強く持つ学生のほうが圧倒的に多いからです。本学短大英語科の数年前のアンケートでも、英語で読書は苦手であると答えた人が75%もあり、その理由として、むつかしいというのが、ほとんどでした。英語科の学生でさえそう感じているのですから、英語を専門に勉強していない学生の場合は、もっと多いと推測できます。

なぜ多くの高校生が高校在学中に目標とされた読解力がつかず、また、目標とされた英文に対する積極的な姿勢が育たなかったのかというと、 伝統的な英文和訳の訳読式方法、つまり精読方法ではあまりにも読む量が少ない上に、難かしすぎたり、面白くなかったりするので、学習者は英語での読書とはどういうものなのかを体験できずに高校教育を終了 するからです。また、精読授業では、読むというより一文一文を分析解明していくと言ったほうが適切で、それは暗号解明作業であると言った方が適切です。精読授業をしながら 、 英文をもっとすらすらと読めるようになりたいという気持ちに なっても、その後の学習は個人の自由勉強で、 授業中に指導されることはありません。熱心な学生が、個人的に指導してもらうことはあったとしても、一つの学校で数人の学生が英語による読書を楽しむようになったとしても、それでは学校教育の目的が達成されたことにはなりません。100%とは理想であっても、少なくとも、80%の学生がそうなってこそ目標に達したと評価されるのではないでしょうか。現実では、ほとんどの学生が、伝統的訳読授業の暗号解明作業の真只中で、迷子になります。訳読の学習方法に適していない学生の場合などは、その学習結果は悲惨なものとなります。

学生に自信をつけて、

読書の楽しみを発見させ、英語での読書が生活の一部となるように指導するのが多読授業です。読書を自分で実際に体験します。精読授業では、読書を体験するほど読まないので 、(難かしくて、読めないということもありますが)、英語での読書を趣味にするというところまで至りません。そればかりか、英語で読書などまず不可能だという印象を学生に与えています。

英語の授業は英語の能力を養うのが目的であるはずです。英語は難しいから嫌いだという印象を学生が持って、卒業したとしたら、英語の授業をした教員は何を教えたかというと、英語を教えたのではなくて、英語は面白くないということを教えたことになります(Smith, 1998) 。

母国語である日本語を私たちは体得したのであって、学校の国語の時間に日本語について勉強したから日本語がうまくなったのではありません。読解に必要な知識を身につけたり、読み方を習っただけでは本当の読解力はつくでしょうか。読解力というのは読書を十分に体験し ながらつくものではないでしょうか。プールサイドで手足の動かし方について説明を受けただけで、泳げるようにならないとか、自動車の構造を学習しても、運転免許を発行してもらえるような運転能力が身につかないのと似ています。

3 英語教育の変化

多読授業について具体的にお話しする前に、大学における洋書講読授業はほとんど改善されていなくて、昔のままだということ、また、日本人は読解力がないということ、そして、新しい教授方法が求められているということについて、少し話します。

1) 英語教育法はずいぶん変わった

英語教育は過去30年間の間にずいぶん変りました。今でも多くの人が「日本人が国際人になるために英語修得は大切」などと言っていますが、30年前も同じ事が言われていて、日本の国が国際化するには、会話力に力を入れなければというので、1960年代後半、私達は、大学のランゲージ・ラボラトリーという教室(LL教室)で、カセットテープから流れる外国語の基本構文を聴きながら、徹底的に繰り返し口に出して練習し、暗記しました。今ではLL教室はこの目的では使われていません。「LL教室とは何ですか?」と思う人もいるかもしれません。LL教室を撤去してしまってコンピューターを設置している大学もあるでしょう。しかし30年前のこの方法は、それが実際にはあまり役にたたないことがわかってきたので、もうほとんど使われていません。

英語教師の間でひとつの笑い話があります。日本の学校で英語会話を徹底的に暗記練習した優秀な学生が米国に行ったときのことです。彼はある日、自動車事故をおこします。警察がやってきて、救急車を呼んでくれます。彼は大変傷ついていて、かろうじて自分の名前などを警察官に伝えているときに、救急隊員が到着して、このように挨拶します。"How are you?" すると、この日本から来た学生が "I'm fine, thank you. And you?" と答えるのです。

どこがおかしいのかわかりますか? 交通事故にあった人が元気なはずはないのですが、それしか練習してこなかったのです。おうむのように反射的に反応したのです。全く、この状況において、不適切な反応です。これは昔の教授方法を非難するのが目的の作り話ですが、よく似たことが実際にたくさん起こりました。 私にもよく似た苦い経験があります。

英語教育の中には文法、発音、文化の違いなどの学習の他に、読み、書き、話し、聴く、という四つのスキルがあります。世界中の英語教育に携わる学者や研究者、あるいは授業を実際に担当している教師たちがこの四つの技術をみがく一番適切な方法をつねに研究していて、教授法は三十年前に比べるとずいぶん変りました。どんどん新しい方法が取り入れられてきています。公立中学に英語を母国語とるすネイティブスピーカーが定期的に学校を訪問して、会話や発音を習えるなどということは、三十年前には考えられなかったことです。特に、話し、聴くという分野はずいぶん努力が費やされてきました。現在は英語科や英文科の学生ではなくても教養課程で ネイティブスピーカー の英会話のクラスがあるほどです。昔なら、場面設定しておいて、喫茶店での会話とか、道の聞き方とかそういう会話を学習したものですが、今では、目上の人への話し方とか、カジュアルな話し方とかの学習をしたり、ビデオを見たり、コンピューターを使って、会話の練習をたり、発音の練習をしたり、映画や音楽を利用した授業があったりで、話すことと聴くことは、ずいぶん重要視されてきて、教授方法も30年前とは随分変わってきました。

2) 日本人の英語読解力

ところが,読むこととなると、この読解力を養う訓練をする 教授方法が三十年前と全く同じであり、 英文科や英語科を卒業しようとしている学生が、卒論に必要な資料どころか、娯楽雑誌や小説さえ英語で読めないというのが現状です。

日本人は、英会話が下手であることを弁護するときに、自分達は英語を読んだり書いたりするのは学校で学んだので、できるのだが、どうも聴いたり話したりするのは苦手であるなどと言います。しかし、それを、ある外国人の英語教師が聴いていて大変不思議に思ったそうです。何故かというと、その教師は、日本人の学生は、英語による読み書きはほとんどできないと評価していたからなのです。その人によると、「日本人は、アルファベットや単語、そして一文一文は読めて訳せても、英語の本や新聞を、娯楽のためや最新情報を得るために読む人がほとんどいないのだから、読めるうちには入らない」ということなのです。

日本人は、本人達が言うように、本当に英語が読めるのでしょうか? 残念なことに、広島大学の西田正先生が、よその国の人達との英語による読書力を比べて、「読めるという日本人の自負は 残念ながら空想にすぎない」と松村幹男編集の「英語のReading」という本の中で言っておられます(1984:24)。つまり、聞いたり、話したりができないだけでなく、読む力も養えていないということなのです。他にも同じ様な報告があります。日本人の英語力をTOEFLというテストの結果でみると、1980年から1996年までのデータによれば、アジア20数か国の中で、日本人の英語力は常に下から数えて5位以内という報告もあります(Yoshida, 1997)。1995年から1996年の調査の結果では、最も低い点が492点の北朝鮮、其の次が、タイの494点、日本は下から三番目で、499点となっています。日本は、韓国、中国、シンガポールと比べて、文法の知識を調べるTOEFLのセクション2、読解力を調べるセクション3においても、最下位です。

それでは一体どのように変えていけば良いのでしょうか。もう8年も前になりますが、1991年8月14日の朝日新聞で、当時、大学審議会会長で慶応義塾長である石川忠雄先生は、大学が大衆化したので、教育内容も方法も変らなければいけない、と発言しておられます。「戦前の高等教育を受けていた学生の数は、18才人口の2%か3%だったが、今は大学、短大で37%である。」当時、国立大学協会会長で東京大学学長の有馬朗人先生は、「2、3%時代の教育方針がいまだに頑としてある。分からなければ教わる学生の方が悪い - そういう精神構造がいまだに残っている」と、今ではもう役にたたなくなった教授方法に固執している制度を批判しておられます。また、これからの大学に対して、石川先生は、「社会の変化に密着した部分と強い国際的競争力を持たなければいけない」と大学教育について希望を述べておられます。

学究肌の学生だけを対象にしていた昔の時代には、英文和訳の精読授業だけでも、十分だったのかもしれませんが、今は、だめです。戦前と言うと、60年ほど前になります。その当時の学生は、自発的に多読をしていたので、精読だけでもよかったのかもしれません。あるいは、現在求められているような英語の読解力を60年前は求められていなかったのかもしれません。

大学でも高校と同じように、現在まだ、英文和訳中心の訳読式精読授業が行われています。ほとんどの大学がその方法でまだ授業をしています。その結果、大学卒業後もまだ目的が達せられていないということです。同じことを繰り返して実行していて、変化が起こることを期待するのはどうかしています。今までとは違う、もっと効果のある方法 - つまり、多読方法を授業の中に取り入れる時期が来ています。

では多読授業とはどういうものでしょうか?試行錯誤を重ねて作り上げてきた授業は以下のものです。今のところ、ここまで出来ました。みなさんと一緒にますます良いプログラムにしていきたいと思います。

II 多読授業の内容

1 どんな本を読むのか

では、どんな本をよむのでしょうか?やさしくて面白い本を読みます。やさしいといっても、一体どれくらいやさしいのだろうかと心配でしょう。中学卒業程度の単語力があれば読めます。つまり、単語を600語知っていれば読めるという本から読んでいきます。それぞれの学生が自分の好きな本を選んで読みます。

小学館発行の「中学教科書に出てくる全単語活用リスト」(1987)によると、「どの教科書を使っても中学3年間で約1000程の単語をおぼえることになる」と書いてあります。中学卒業時に600語知っているのか、あるいは1000語知っているのかは個人差があるでしょう。 

「でも、中学校の時もあまり勉強しなかったし」と不安な人でも心配いりません。必要なことはやる気を持つことと、努力です。英語力が他の学生より高いけれども、高慢で怠け者の人よりも、英語力は低いが謙虚に努力をした人の方が成績が上がり、実力がついたという例を私は今までに数多く見てきました。

10年程前に、「狐につままれたような話やなあ」と言って、「 辞書をひきながら訳していく英文和訳中心の精読授業をしないで、本を読むだけで読書力がつくとは信じられない」と言った学生がいました。しかし、その人も多読の授業を受けたあとで、「卒論には Breakfast at Tiffany's を原文で読むのだ」などと言うようになりました。多読授業を経験した後、できるという自信ができたので、希望が持てたのだと思います。

多読教室にいろいろな本が置いてあります。出版社別に言うと、Collins (コリンズ), Heinemann (ハイネマン), Longman(ロングマン), Macmillan (マクミラン), Oxford (オックスフォード), penguin (ペンギン)、 Perfection Learning Company そして Scholastic 出版社 です。種類も童話や恋愛小説の他に探偵小説やミステリー や文学等もあります。本のレベルも、英語を母国語としない学生用に編集された 300語から 5000語レベルぐらいのものの他に、アメリカやイギリス等の、英語を母国語とする国の小学校3年生ぐらいから読めるような本も 本棚別に置いてあります。

初めはどの人も300語か 600語の本から始めます。大体1カ月間、600語レベルの本を読んだ後で、次のレベルに進みたい人、あるいは試してみたい人はどんどん次の高いレベルに挑戦していきます。まだその段階で読書していきたい人は、そうして良いということにしています。

大体 600語レベルを終った人は 1000語や 1100語レベルに進みます。その次は、 1500語とか 1600語レベルに進みます。目標は、一年生の終りまでには 1600語レベルの本を90分ほどで理解して、読めるようになることです。夏休み前にもうすでに1600 語や2200語さらに5000語に挑戦する人も居ます。英語能力養成を目標にするというより、興味のあるジャンルを追及していってください。

2 どれくらい読めば効果があるのか?

では、量はどれくらいよめばよいのでしょうか。一学期間に 50冊程読みます。 600語レベルと1100語レベルの本を約50冊読むとで 1000ページ程になります。二学期には約 30冊読みます。これも 1100語や 1600語レベルの本(一冊約40ページ)を 約30冊読めば約 1000ページになります。つまり、夏セメスターと冬セメスター(一年)を通して約 2000ページ読むことになります。

初級の本(500語ー600語レベル)は大体 12ページから20ページほどで 、約25分から45分で読めます。一日に 30分から一時間ぐらいは読書を通して英語をインプットしてください。英語に" Practice makes perfect. "という 諺があります。 うまくなりたかったら、練習しかないということです。また、ある天才が言った言葉ですが、"Genious is 1 percent inspiration and 99 percent perspiration." という言葉があります。これはどういう意味かというと、「天才というものは、1%がひらめきで、後の 99%は努力の汗である」と言う意味です。 つまり天才と後で称えられるような人でも、ひらめきだけで天才といわれるほどの業績を残したわけではないということです。努力が、ほとんどということです。

そういうわけで、各学期毎に 1000ページ読んでください。 2年生になっても、同じようにレベルを上げていきます。 2000語、 2500語、 3000語と読めるようになった人は Scholastic社の小、中、高校生用の本は勿論のこと Bestseller の本も読めるようになります。最終的な目標は卒業時までにそれらの本を楽しく、日本語の本を読む時のように感動しながら、英語の本も読めるようになることです。

ベストセラーになった小説が映画化されることがよくありますが、その映画を観る前にその物語を読んでみたいと思ったことはありませんか?あなたは日本語に訳されたものを読みたいですか?それとも、原書で読みたいですか?うまく訳された日本語訳も良いでしょうが、その小説の作家が使った単語や表現を自分で読んで、その作家が直接自分に話しかけてくれるのを体験したくありませんか? 

学校を卒業した後、皆さんの進路は様々ですが、企業の中でその英語能力を駆使して活躍するのも良いし、通勤電車の中で、アメリカのベストセラー小説を読めるようになるのも楽しいと思いませんか?外国のカラフルなインテリア雑誌やファッション雑誌も日本語版がありますが、オリジナルの雑誌から情報を直接得た方が早く情報が自分の元に入って来るので、得だと思います。言うまでもなく、今やもうインターネットを通して、世界中の情報が英語で一瞬の内に入って来る時代です。英語の読解能力は必要不可欠な能力です。

3 自信がない人へ

英語で読めるようになりたいが、自分はやはり無理だろうと思っている人もいるでしょう。今までの英語の授業で自信をなくしている学生がたくさんいます。読書に関しても、「自分は日本語の本も嫌いで読まないのに、とてもじゃないが英語の本など好きになれるはずがない」と思っている人もいるかもしれません。 

みなさんの英語修得に対する今までの努力が不成功であったとしたら、その理由が何かというと、それは、みなさんが英語を理解できなかったからなのです。分からなかったから、身に付かなかったのです。やさしい本から始める理由は、本の内容を98%理解してほしいからなのです。「なるほど」と納得できないものが、記憶に残るはずがありません(Smith, 1998)。記憶に残るということがつまり、分かったということであり、修得につながります。

しかし、この授業では読書が嫌いな人でも、英語に自信がない人でも、全く心配する必要はありません。なぜかというと、分からない本は始めから読まないし、読む本は自分で選んで読むからです。面白くないと思ったら、その本は返却して、他の本に交換できるからです。図書室にある多くの本の中から選ぶことができます。

このクラスを受けたあとで、反対に英語の本を読めるようになったことで、日本語の本を読むのも好きになったという人がこのクラスからは出てくるからです。これは本当に驚くべき事実です。

まずやさしい本から初めましょう。英語の本を楽しく読みながら、指導されたとおりに数をこなしていけば 、 読めるようになります。それでも信じられない 人は、この冊子の最後の「先輩からの言葉」を読むと、きっと勇気づけられるでしょう。

4 読書しているのに試験の成績が悪い理由

一クラス40人程で一緒に勉強していると、やはり、どんどんレベルを上げることができる学生と、真面目に頑張っていても、なかなかそうはいかない人等、成長の度合は千差万別です。私達は機械ではありませんから、同じ本を同量読んだからと言ってテストに同点がとれるということはまずありません。同じ食べ物を同量たべたからといって、皆が同じように体重が増えるということもないのと同じような気がします。よく、学生が、「私はすごく真面目にたくさん読んだのに成績はよく なかった。それなのに、AさんやBさんはわたし程読んでいないのに成績が良かった。不公平だから、多読クラスは嫌いだ。」という人がいます。この意見に対して、次のような事が考えられます。

(1)読み方の問題。まず、たくさん読んだと言っても、どんな読み方をしたのかが問題です。 物語の内容を理解して読んだのと、一応目を通したけれど、あまりよく分からなかった。というのでは全く学習の効果が違います。量は大切ですが、頭に残っていないような読み方では実力となって身につきません。先輩の中に、「面白かったと思う本が多ければ多いほど実力となって残ると思う」と言った人がいます。名言(Golden Remark)です。

(2)中学や高校でどのように勉強してきたかということ 。多読を始める前のその人の英語力の 違いで 、多読の効果もちがうように思われます。 すでに単語量の多い人、文法力の有る人、読解力の有る人、読書が好きな人は、どんどんレベルを上げて読んでいきますから、良い成績をとります。 

(3)自己管理能力のあることも大切です。毎週5冊なり3冊なり必ず読むと決めて、自分の時間を管理できる人と、誘惑に負けて、無駄に時間を過ごしてしまう人との差は大きいです。(2)で述べたようなすでに持っている英語力より大切なことは、自己管理能力のように思われます。ちょっと我慢するということかもしれません。なんでも楽しくできるようになるには、少し、トレーニングする必要があるでしょう?初めは苦手で、嫌でも、練習して少しうまくなると、楽しいものです。また、英語で読書をしたいという強い気持ちがあれば、我慢できますが、「別にそれほど、、、」という学生は初めから、そう希望していないわけですから、どの方法で勉強しても、英語力をつけることはできないでしょう。

(4)前向きに物事を考えることが大切。今、友達のように高い英語力がなくても、失望してはいけません。私は学生によく次のように話ます。どんなに一流の音楽家でも、最初は「キラキラ星」から始めて、「ちょうちょう」「むすんでひらいて」を練習して「ガボット」「メヌエット」「ブーレ」と練習したにちがいないのです。始めてすぐに上手にはなれません。現在、英語力が低いのであれば、少しづつ、つけていけばいいのです。「継続は力なり」といいます。止めないで、毎日読んで下さい。英語力があっても、怠けて、勉強をしない学生がいます。時間を浪費しているだけではなく、才能や能力も無駄にしている学生がいます。「兎と亀」の話とよく似ています。多読をすれば、一年で見違える程の英語力が付きます。

(5)不誠実、不正直 。学生の中には、40ページの本を読んだとノートに記入しておきながら、実は本の一部しか読んでいないという人が時々います。あるいは、友達のノートをコピーしたり、自分の昔のノートをコピーしたりという人もいます。「ちゃんとやって行かなくても、先生に分かるわけはない。そんなものは好い加減でいいのだ」とか、言う人もいるそうです 。ノートの提出が目的になっていては、読解力はつきません。

(6)うまくテストに能力が発揮できない。テストは信頼性が高いものから低いものまでいろいろあります。テストは能力の一部しか測れませんから、残念ながら、そのテストには実力を発揮できなかったが、実際は力があるということもあるでしょう。テストは出来るだけ信頼性の高いものを使用するようにしています。

テストは100%信頼できないからという理由で、多くの教師が、出席、授業参加態度、宿題などを成績に含んでいます。私は、出席も、授業態度が良いのも、宿題を提出するのも当り前と思っていますから、それを良い成績の対象にはしていません。出席100%で、愛敬も良く、筆記試験も合格したからといって、自動車の運転が下手な人に免許証を発行しないのと同じことだと思っています。しかし、明らかに努力したということが分かっていれば、考慮しています。

5 辞書の使用について

大変やさしい本から読み始めるので、最初は読みながら、辞書を使う必要はないはずです。一文づつ意味を把握しながら、初めは速さを気にしないで読み進めてください。初めは一文読むごとに日本語に訳しながら読むかもしれませんが、そのうちに英文を読むだけで意味を把握できるようになります。読みながら、どうしてもわからない単語が出てきたら、その意味を想像してみてください。次の文の中に手がかりがあるかもしれません。絵が助けてくれるかもしれません。読み進めて行くうちにそのわからない単語が気にならなくなったら、あなたの想像が当っていたということです。

途中で話が矛盾してきたらその時点で想像し直してもいいし、辞書をひいてもいいと思います。分からなかった単語は小さい紙に書いておいて、全部読み終ったら、辞書を使って調べてください。あなたの想像していた意味と同じかどうか確かめるのに役にたちます。

辞書を引いて、やっと意味が分かった時には、なるほどと納得するでしょう。辞書をすぐに使うにしろ、読後まで使わないにしろ、知っている単語数を増やすのに良い機会ですから、単語は大切に扱ってください。新しく出てきた単語は、カードにして、毎日持ち歩き、覚えてしまうようにしましょう(Nation, 1990)。

中級以上の本を読むようになったら、辞書を使わずには読めないでしょう。しかし、使うことによって読書が面倒になるほど多くの単語がわからないようなら、その本は返却したほうがいいと思います。なぜなら、その本は難しすぎるか、あまり面白くない本かもしれないからです。しかし、面白いので、何度も辞書をひいてでも読みたい場合は、どうぞ続けてください。わからない単語については、本の中の内容から推測して済ませてもよろしいが、全く見当違いなことを思って読んでいるかもしれません。しかし、辞書を引いても、いろんな意味が書いてあるので、そこから当てはまる意味を捜し出すのもたいへんですし、どれが正しいのか分からない場合もありますし、日本語の意味が分からない場合もあるので、そのまま読み進めたほうが良く分かり、速い場合もあります。本にもよりますし、あなたの気分にもよるでしょう。ですから、辞書の使用については、自分で判断して、いつどのように使うのか、自分で工夫してください。しかし、辞書はいつも、鞄の中に入れておいて、いつでも使えるように、持っていることを勧めます。 

6 どんな本を読めばいいのか?

好きなジャンルの本を読んで下さい。恋愛小説でも探偵小説でも、ミステリーでも、ホラーでもいろいろなジャンルがありますから、先生に相談したり、タイトルを読んだりして選んで下さい。本の裏表紙にあらすじが書いてあることもあります。ナローリーディング(Krashen,1998) と言って、自分の興味のあるジャンルをどんどんレベルを上げて読んでいくのが一番効果があるのではないかと言われています。つまり、恋愛小説が好きな人は恋愛小説だけ、600語レベルから、1100語レベル、1600語レベル、2200語レベルと読んでいくのが効果があるというものです。

7 速読について

最初は、速さを気にしないで読み始めてください。やさしい物語を楽しんでください。まず、肉体的に目や体が、また、精神的にも英語による読書に慣れる必要があるからです。ですから、自分の速度で進めていってよいでしょう。遅くても気にしないで下さい。例えば、短大に入学してくる新入生が、ハイネマン出版社の600語レベルの本を30分から40分で読めたとしたら、私はまず「えらい!」と言ってあげます。そういう人はそのレベルをまず1ヵ月続けて下さい。その後、1100語レベルに上がって、2、3冊読んだ後、また、600語レベルを読んでごらんなさい。読む速度がずっと速くなっているのが分かるはずです。

一年生の夏学期が終わって、冬学期になると、もう50冊ちかくも読んでいるので、英語による読書には違和感が無くなっているはずです。目標の速度は1分間に150語位読めるようになることです。大体、600語レベルの本を20分くらいで読めたり、あるいは、1100語レベルの本を60分位で読めたら、ちょうど良いと思います。読書に慣れてきて、興味のあるものを読み出すと、自然に速度も増します。本を読むのが好きになってきたら、読む速度は速くなってくると思います。

これは私の経験からそう思うのです。実は15年前に多読授業を始めた時、私も学生と一緒に600語レベルの本から読み始めました。すると、面白くて、どんどん読めるので、次から次へと何十冊も読みました。仕事だからそうしたのですが、実は、私の読解力にも大変良い影響を与えたのです。英語で書かれた小説を、物おじしないで、すらすら読めるようになりました。

III 多読授業内容

目標

このプログラムは家庭学習である多読と授業で行うストーリーリッスニングを通して、以下のことができるようになることを目標としています。

  1. アメリカの小学校4年生から6年生位までの読解力をつける。つまり、これが、ベストセラーなどが読めるようになる基礎となる。
  2. 単語は年間500から800修得する。
  3. 物語の粗筋をより正しい文法で書けるようにする。
  4. 読書を楽しむ。
  5. 読書が趣味になる。
  6. 良書を読むことを通して学生の人生をより豊かなものとする。
?

1 家庭学習について

1)読書 学校の多読室から貸し出した本を一週間に4、5冊読んできます。1セメスターに1000ページ読むのが目標です。 2)読書記録

このノートはあなたがどのように読書力をつけていくのかを記録しておく大切な記録帳です。いつ、どんな本を、どれくらいのスピードで、どれくらい理解して読んだのかということが分かるためです。ですから、 七つのどの情報ももらさないようにくれぐれも注意しましょう。ノートは普通の大学ノートにしてください。クラス名、学籍番号、名前は必ず表紙の表側に、はっきりと大きな字で書いてください。ノートは毎週提出してください。 

3)あらすじの書き方

あらすじの書き方について、注意があります。 主要人物と主な出来事を簡潔に書いてください。あまり長くなると、だんだんと書くのが煩わしくなるといけないので、短くてよろしい。本を開けて、絵等を見ながらあらすじを思い出して、家族の人に自分が今観てきた映画の内容について話すようなつもりで粗筋を書いてください。日本語訳をするのではありません。あらすじを書いてください。

IBUでは、あらすじは初めは日本語で書くようにしていますが、英語で書く時は、本の中に出てきた単語や表現を使ったりして、書いてみましょう。しかし、丸写しはいけません。また、あらすじを日本語で書いてから英語に訳そうとしないほうが良いと思います。あなたの日本語力と英語力にはずいぶん差があるので、日本文から英文に訳す時に、どう英訳すればよいのかわからなくて、苛々したり、失望したりするからです。英語で本を読んだのですから、英語で考えて英語で書くようにしてください。簡単な短い英文でよろしい。 

4)感想1について

あらすじの後、感想を二つ書きます。第一番目の感想のところは、本についてあなたが思ったことを、よく自分の心の中を観察して書いてください。日本語でよろしい。その本を読んだ後であなたが自分の心に本当に感じた事を書いてください。

5)感想2について

二番目の読書力に対する感想というのはもっと大切な部分です。この部分では、あなたが読書中に自分の読書力について感じた事を正直に書いてください。例えば、「物語りは99%理解できたのだが、二、三箇所文法が分からなくて、意味があやふやな所があった。(56ページ、 24行目)」と書いてその文を書き出しておいて質問してください。私がノートに答えを書いておきます。あるいは、「本の字が小さかったので、読めるかどうか不安だったけれども、本の内容が面白かったので、気にならなくなって、一気に読めました」等と書いてくれると、私はほっと胸をなでおろして、「よかった、よかった。これで一人、次のレベルに昇格する学生が増えた」と喜びます。

そういうわけで、この進歩の観察ともいえる第二の感想は、学生を指導していくのに重大な情報源です。しっかり書いてください。

6) 単語帳と単語カード

一冊の本を読む毎に、分からなかった単語や熟語、あるいは覚えておきたい文法等を書き込んで下さい。辞書で調べて、ノ−トに記入しただけでは、すぐに忘れてしまいます。書いてその単語を忘れない努力をしてください。よく今までやってきたように、カードに日本語と英語を書いて、ポケットの中に入れて持ち歩いて、電車の中で何度か見て覚えるというのは、効果があると聞いています(Nation, 1990)。

2 授業では何をするのか?

多読授業というと、授業中は本ばかり読んでいるような印象を 与えるかもしれませんが、実はそうではなくて、本を読むのは家庭学習で、つまり宿題です。

授業中は、IBUでは、学生は、英語で、おとぎ話などを聞いて、リッスニングの力を付けると共に、単語の学習をします。

理由はこうです。学生の中には、活字が苦手という人が約半数います。聞いた方が分かりやすいというタイプの人と読んだ方が分かりやすいというタイプと2とおりのタイプが居るのです。聞いた方が良く分かりやすいという人にすぐに活字を与えても、拒否反応が大きいでしょう。それで、すこしづつ活字に慣れて、読みたいと思うようにしたいと考えたわけです。幼児に本を読んであげるように、学生にもそうしたいと思いました。しかし、授業のやり方は私が本を朗読するのではなくて、絵を書いたり、ジェスチャーをしたりして、話をします。その後で、学生はテキストを黙読します。10分ほどです。90分授業で以下の手順で授業を進めます。一学期に8つから10の話を聞いて、200から300の新しい単語を学習することもこの授業の目標のひとつです。

1) ストーリーリッスニング

私が英語で一つの話をします(ストーリーテリング)。英単語を黒板に書き出しておいて、それを何度も使って話します。話を聞きながら単語も学習してもらうためです。(15分ー20分)

2)単語修得

一つの話につき、話の長さによって、20から50の単語を授業中に勉強します。まず、単語のリストを配布します。学生はそれを見て、単語チェックをします。分かっている単語には日本語でその訳を書いていきます。(10分)それから、話を英語で聞きます。分からない時は学生は手をあげて、「分からない」ことを表示します。話が終わったら、また単語チェックをします。(10分)その後、答えあわせ(5分)をして、全ての単語の意味を理解します。

3)リーディング

その後、テキストを配布します。学生はその話に出てきた単語にアンダーラインを引きながら、テキストを読みます。テキストは大体1000字程度の長さです。(10分)

4) スピーキング

その後、隣にすわっている人に、その話の中の新しい単語を使って、各自10分づつ、そのおとぎ話を話します。(20分)

5)単語チェック 時間があれば、再び、単語のテストをして、その授業で学んだ単語の復習をします。(10分)。また、毎週授業のはじめに、前のレッスンの単語テストがあります。

3 評価方法

みなさんの英語力が伸びたかどうかを測るために、学期始めと終わりに、このプログラムの中では、以下のテストをしています。

  1. 読解力テスト
  2. 単語テスト
  3. 作文テスト

また、大学全体ではTOEFLとTOEICというテストも実施しています。

IV 多読の効果

これまで,多読クラスの必要性とクラスの進め方について話してきましたが、つぎは、その効果について説明します。

今でもほとんどの人は、「英語の勉強というのは、文法を勉強し、単語を暗記して、英文を正確に日本語に訳することである 」と思っています。 それは一つの良い勉強方法かもしれません。しかし、現実問題は、今まで行なわれてきた精読授業(英文和訳中心の授業)では、 英語による読解力養成の目標に達することもできていないどころか、英語が嫌いだという学生を学校から出しています。

英文和訳中心の授業を受けてきた学生達は、どれくらいの文法が勉強できているでしょうか。どれほどの単語を暗記し身につけているでしょうか。日本語に、本当に自分の力で、正しく訳せているのでしょうか。

私の経験と観察によると、英語の精読授業は、日本語による暗記と速記の授業に変わっています。つまり、学生は教師が訳する日本語を書き写し、テストのときにはそのコピーを学生間で回して、その日本語を暗記するという作業をしています。私には、教師は教えるふりをしていて、学生も学習しているようなふりをしているだけで、実際には教室の中ではなにも起こっていないばかりか、学生の時間とエネルギーが浪費されているだけにしか見えません。それだけでなく、学生の学習意欲や自分の能力に対する自信や英語修得の希望まで無くなってしまうのでは、そのやり方は非効率的だとか、効果がないとかだけではなくて、間違っているとしか思いようがありません。修正しなければならないと思います。

では多読は本当に効果があるのでしょうか?文法の勉強をしないで、単語を暗記することもなく、英文を日本語に正確に辞書を使って訳さないで、やさしい、自分が興味のある本をたくさん 読んでくるだけの多読授業に参加するだけで本当に読解力が伸びるのでしょうか?また、多読は効果があったとしても、それは、英語の力がすでに十分ある学生だけにしか効果がないかもしれません。また、あまり英語が好きでなくて、英語の学習に自信のない学生などにとってはどうでしょうか?英語が好きな学生にとってうまく効果があったとしても、それは当り前です。英語が嫌いな学生に効果があってこそ、本当に効果のある方法と言えるでしょう。

多読の威力を示唆した3つの実験結果

大阪にある、四年制の女子大学と短期大学で多読の効果について次の3つの点について実験をしました。 

  1. 多読は英語が不得意で嫌いな学生に読解力を養成する点で効果があるか?
  2. 多読は英文和訳の精読より同じ点で効果があるか? 
  3. 多読をすれば、文法の力はつくのか?

英文科と英語科だけでなく、日本文学科、被服科、食物科、生活語学科、そして再履修組の六クラスを対象に調査しました。期間は5ヶ月のものと10か月です。多読組の学生は一学期に五十冊(あるいは1000 ペ−ジ)という課題を与えられて、前に説明した通りのやり方で前期あるいは両学期を過ごしました。精読組は一冊の教科書を皆で一緒に読んでいきました。学期が始まる前に、ひとつのテストをしました。このテストは信頼性 (reliability) が0. 87と高く、また読解力を調べるのには妥当(valid)な100問のクローズテストを使用しました。その学期が終った後で、また同じテストをしました。

一番目の実験は、こうです。ある年、10年ほど前ですが、ある女子大で被服科の学生ばかりの一年生のクラスと再履修生のクラスに英文和訳の洋書購読の授業をしていました。被服の学生は真面目で、毎回、予習もしてきましたし、復習のための単語のテストも、クラスの平均点は毎週80点くらいで、勤勉に家庭学習をしました。出席も大変良く、欠席する学生はほとんどありませんでした。この大学は優秀な女子大として知られていましたので、当然のことだったかもしれません。しかし、同時に開講されていた再履修生のための購読授業は様子が違いました。学生は2年生から4年生までいました。学部もばらばらでいろんな学部から集まった、英語が不得意の学生でした。夏学期はさっきも言ったように英文和訳の教科書を使って授業をしていましたが、この学生達は、予習はしてきませんでした。毎週単語のテストをしても、ほとんどの学生が10点中2点とか3点とかで、復習もしていないようでした。授業中は、答えてもらおうと、名前を呼んでも、「分かりません」とか、「やってきてません」というような返事ばかりです。欠席する者もたくさんいました。授業に出席していても、体は教室の中にはあるが、心はどこか違うところにあるという感じでした。それどころか、眠る学生まで居ました。これでは、ほとんどの学生がまた不合格になってしまいます。それで、その学校から多読を実施の許可を得て、学生にその趣旨を説明しました。1/3の学生は、これで救われる!というような表情でした。あとの1/3は半信半疑でした。最後の1/3の学生はそれでも無関心でした。しかし、不安でした。多読は英語の嫌いな学生には効果がないかもしれないと疑ったからです。英語に興味のある英語力の高い学生だけしか多読クラスから利益は得られないのではないかという疑問がありました。

被服科の学生にはそのまま英文和訳の授業をしました。再履修生のクラスは、多読用の教材を学生に3000円程出費させて、本を購入して、クラスライブラリーを作りました。この時は、ストーリーテリングはしていません。10年前は授業中に本を読ませていました。そして、私が教室を回って、ひとりひとり、助言を与えたり、書いてきた粗筋に目をとおして、本について話あったりしていました。(この頃は、英語で粗筋を書くように指示していました。授業中に読んで来た本から一冊選んで、そのあらすじを英語で友達に話すというようなこともさせていましたが、今では無駄だとわかってきたので、していません。)

結果は、再履修生は再履修生の伸びは平均、8.9点で、被服科の学生の伸びは平均が4.35点でした。つまり、再履修生の方が英語力が伸びたという結果になったのです(Mason & Krashen, 1997a)。

2番目の実験は、大学の英文科の2クラスを使って、多読組と精読組に分けました。多読組は私が受け持ち、精読組は他の教員が教えました。私が両方教えなかったのは、精読組には力を入れなかったのではないかと疑われるのを避けたわけです。

この実験をしている間、実は不安がありました 。私は精読は駄目だと思って多読を始めたわけですが、優秀な英文科の学生などは、精読の方が好きで、優秀な先生の元では精読で読書力をしっかりつけるのではないだろうかとも思いました。又、精読授業を教えるのが好きで、その方法を素晴しいと信じている教師に教えられたら、学生は伸びるのではないか思いました。多読は精読に優るとはいえないかもしれないと思いました。この実験では、精読授業を信じている、優秀な先生に精読授業を教えて頂きました。また、4年生大学の英文科の学生で和文英訳方法で英語が得意な学生ばかりを対象にしました。私が多読授業を教えました。一年かけて効果を見ました。

結果は、統計学上、やはり多読組の方が優れていました。精読をした学生は多読組に比べて読解力があまりつきませんでした(Mason & Krashen, 1997b)。

これらの実験の後で、多読というのは、特定の人だけでなく、誰でも読みさえすれば、読解力をのばしてくれる理想的な方法にちがいないという確信を得ました。

常識で考えても、そうではありませんか? 私達の母国語である日本語の読解力を伸ばす時でも、本をたくさん読むように勧められるではありませんか。「あなたは国語の実力がないから読んでも無駄です。本は読まずに、読解力をつける練習問題をしなさい」などという国語の先生はいるでしょうか。 国語の力を伸ばす必要のある人には、もっと本を読みなさいと勧めるでしょう。

3番目の実験は、2番目の実験の学生の英作文が多読を始める前と後ではずいぶんうまくなっているのに気がつきましたので、多読をすれば本当に英作文の力がつくのかを調べました。これは、国際仏教大学の短大英語科で行った実験です。一つのクラスは多読して、英語で粗筋を書きました。もう一つのクラスは多読をして日本語で粗筋を書きました。最後のクラスは、多読をしないで、精読をしました。どのクラスも家庭学習は同じくらいの時間を費やすように宿題を出しました。つまり、多読のクラスは一セメスターで1000ページという課題が出ていました。精読クラスは毎週3、4時間分の練習問題をしてくる宿題をだしました。一年間かけました。4月に読解力のテストと作文のテストをしました。一年後、同じテストを実施しました。学生は同じテストがあるとは知りませんでした。

結果は、読解力を測るテストにおいては、どのクラスも同じ位の伸びを示しました。作文力においては、2人のアメリカ人教員に評価を依頼したところ、多読組が精読組より上達したことが分かりました。また、読書のスピードも多読組が優れていることが分かりました。IBUの一年生は1週間に8つの英語の授業がありますが、その内6つはオーディオテープを利用した会話やリッスニングが中心の共通授業で、一つが多読で、あとは、日本語で授業を進める音声学です。作文の授業はありません。そういうわけで、多読は読解力だけではなくて、作文にも影響するのだということが分かりました。

この実験のもう一つの目的は、英語で粗筋を書くと、英作文が上手になるのかもしれないと思いましたので、あらすじを日本語で書くクラスも実験の中にいれました。驚いたことには、英語であらすじを書いたクラスより、日本語で書いたクラスの方が、英作文はうまいとネイティブスピーカーの教員が評価したのです。英語で粗筋を書いても、作文力にはつながらないという結果でした。

これがきっかけとなって、もう一つの違う実験でそのことを確かめてみました。その結果も同じものでした(Mason & Krashen, in press)。それで、IBUでは一年生は粗筋は日本語で書くようになりました。以前、多くの学生があらすじを英語で書くことに不満を持っていました。英語で作文を書くのに時間がかかって本が読めないというのが理由でした。2年生になってから英語で書いても遅くないと思います。

V  先輩からの言葉

この授業を実際に受けた先輩達の意見や感想を紹介します。 

2年生  Aさん 私はよく電車などで多読の本を読みます。いつも本を読む時はコンパクトサイズの辞書と小さなメモ用紙(本に貼ったり取ったりできるもの)を持ち歩いています。物語を読んでいると、理解できない単語が山のように出てくる時があります。その時には、まず本文に関係の深い重要な単語のみをメモ用紙に書き取っておきます。そして、その本文を読んでいて、どうしても内容のつじつまがあわない時や、何回も出てくる単語を辞書でひきます。ただひくだけでなく、その単語の同意語反対語、あるいは、熟語をノートに書き取っておくと、すごく役に立つのです。後々見直したときに分かりやすいのです。単語力がつきます。辞書を使えば使うほど、多くのことを知ることができて、とても良いと思います。自分が使いやすい、持ち運びのよい辞書であれば、どこへでも持って行けて、便利です。

多読はすればするほど身につき難しい文や、ありとあらゆるものが読めるようになります。英語で書かれた、いろいろな雑誌や新聞も、楽しくすばやく読めるし、そのうち辞書など必要でなくなるような気がします。例えば、短大に入った頃、600語レベル(約10ページ)の本を読むのに約40分くらいかかっていたけれど、約一年経った今では、1600語レベルの本(約50ー70ページ)を60ー80分で読めるようになりました。

いちいち、理解できない単語をメモに書いたり、辞書で調べたりすることは、面倒かもしれませんが、こういう努力をしていくうちに、知らなかった単語を、私は覚えることができました。今、がんばれば、きっと苦労が報われるとおもいます。読めば読むほど、本の登場人物の行動や、言動から人生に対する様々な知識、あるいは、物事のよりよい考え方を学びとれ、これから私たちが人生を切り開いて行く上での、手助けになると思います。だから、これからも、私は多読を頑張ります。

2年生 Bさん   多読授業について、それは英語の本を読むのだと聞いた時、初めに頭に浮かんだことは、中学高校の時の長文のことでした。私は長文読解が苦手で嫌いでした。だから、私には英語の本を読むことなんて、無理だと思いました。中学の時は英語が一番苦手の教科で、今英語科に入学したことなど信じられないほど、英語能力がなかったのです。不安なことばかり頭に浮かんで、自分の中では絶望的でした。そんなことを考えながら多読の授業が始まり、絵に助けられながら読み、少しは不安がとれました。最初は自分が読んだことのある童話が多く、絵も多かったということもあり、読めました。そんな時1600語や2200語の本をさらっと見て、こんなのはなかなか読めないだろうと、またがっかりしました。1600語レベルは2セメスターの課題であり、不安でした。しかし、すこしづつ、自分のペースでやっているうちに、1100、1600へと進んでいっていました。なんとなくこつをつかみかけてきましたが、1セメスターのテストが終わって、2セメスターの授業が始まるまでの一ヵ月間、私は何も読まなかったのです。そして、2セメスターの授業がはじまり、1600、2200語レベルの本を読んでみたら、なかなか進まなかったのです。私は思いました。勉強にしても、なんにしても、定期的にやっていればなんてことないことも、間を開けると、やる気が出ず、能力もにぶるのだということを。改めて考え直し、先生が言われていたように、1600語レベルなら週に3冊それ以上なら2冊と心に決め、始めました。最初の1、2週間は慣れなかったけれど、それからはスムースに進み、苦にならず、というより、1セメスターの時よりも、急に楽しくなりました。皆さんがこれを読んでも疑いをもつかもしれませんが、本当に楽しいのです。生活のあいまに暇のあるときは、読むようになりました。最初に1600や2200語の本を見て、とても読めないだろうと思っていた自分を思いだし、本当に読めるようになるものなのだなと思います。しかし、安心してはいけません。こつこつ、決まったペースできちんと読んでいないと、上のレベルになると、つまづくからです。私の英語能力でも、こつこつやっていれば、読めるようになったのだから、最初はつらいかもしれませんが、やっただけ能力がつき、やらなかったら、それだけの能力で、伸びないと思ってやれば、一番だとおもいます。

そして、後、重要なことの一つには、自分にあった方法を見つけることです。読んでいく中で、見つかると思います。友達にどんな方法でやっているのか聞いてみて参考にするのもいいでしょう。ただし、それが自分に合わなければ、またほかの方法を見つけるのです。わたしの方法は、分からない単語があっても、なるだけ辞書をひかないのです。辞書にたよる癖をつけないようにしています。前後の意味でなんとなく分かる単語も多いのですが、どうしても気になる単語は読みながら、紙にささっと書いて、読み終わってから、ひいてノートに書くのです。そうすれば、納得でき、知っている単語の数も増えます。 

多読の授業に力を入れてやっている学校は少ないと思います。私たちは恵まれています。私が他の大学の友人に話すと、とても羨ましがられます。やってみたくても、そういう設備のない大学も多いのです。多読の授業はほとんどの中学や高校ではなかったと思います。ということは、最初の時点では、皆同じレベルなので、心配するより、進んで、こつこつ読むようにしてほしいとおもいます。「明日読もう」とか思わずに、「今日読もう」と思って下さい。定期的にこつこつやることが大切です。

卒業生

「多くの人達と同じように、私も メソン先生との出会いが多読との出会いの第一歩でした。初めての多読の授業でこの方法の素晴らしさを聞き、私自身が高校まで学んできた英語は何だったんだろうかと疑問を持つほど深い感銘を抱きました。とは言うものの、最初の授業で突然、英語のみで書かれている本を与えられ、そのときの焦りと違和感の大きさは、今でも明確におぼえています。わずか 30分から 40分の間に、半分以上、あるいは最後まで読んだ学生もたくさんいました。しかし私は周囲の学生の読むスピードに圧倒され、読んでもいないのに、また理解もしていないのに、授業終了時には、いかにも「私は半分以上読んだ」と言わんばかりにすましていました。しかし、実際に、読み理解できていたのはわずか 1/5ぐらいでした。厚いベストセラーならまだしも、絵が大半の、 10から 12ページ中の 2,3ページしか読めていなかったのです。「日本語でも読書しようなんて思いもしないのに、なんと無茶なやり方だ」と犠牲者意識をもちました。

こういう訳ですから、先生から出される週に5冊読むという課題など、とうてい追いつけず、初めてのテストでは、案の定、平均をはるかに下回る成績を目のあたりにし、先生には、「このままでは単位を与えられません」といわれ、ショックを受けたのを覚えています。しかし、私にとっては、英語科に入学はしたものの、中学、高校時代の成績もさんざんなものでしたから、成績が悪くてもしかたがなかったのかもしれません。しかし、私の周りの学生はちゃんと課題もこなしているのに、なぜ自分にできないのかと疑問を感じました。よく考えてみると、私は高校までで懲りているはずの英語学習方法をまったく変えず、嫌いな英文の、分からない単語を、すみからすみまで、嫌いな英和辞典で調べていたのです。能率がいいはずはありません。しかし、その時点の私の英語力は、他の学生よりも劣っていたので、辞典をいきなり完全に無くしては先に進みません。そこで、私は他の授業でも使用していた英英辞典を用いました。独自のマイペースとそういう小さな努力が実ったからか、後のテストでは少しずつではありましたが、私の多読力も伸びを示しました。

IBU卒業後、私は先生の影響もあり、ドイツ語を学び始めました。いくらよくさぼったとはいえ、英語に関しては中、高、短大と8年も接することができたのですが、私のドイツ語力というのは、ABCすら知らないという、産まれたての赤ちゃんと同じものでした。つまり、初めて多読の授業を受けた時のショックや違和感などとは比べものにもならないような、未知の言語に遭遇したのです。なんとも表現の仕様のない絶望感と、石のようなドイツ語を目の前に、途方にくれていた私でした。しかし、多読の授業で修得したもの...原文を多く読むことによって、身につけることの出来る外国語のセンス...を生かして、私はドイツ語で多読をしたのです。ドイツ語に対しては、よちよち歩きの赤ちゃんだった私も、全く見えてこなかった内容、文法、その他多くのものが知らない間に身につき始めたことを自覚することができました。

子供というのは、ごく自然に当り前のように、聞くだけで母国語を身につけていきます。しかし、知識や経験の量は遥かに優るが、疑問ばかりもって子供のように素直になれない大人の私達が、このセンスを磨こうとする時は、いろいろな方法で生き生きと表現されたもの、つまり、文章、本...に接することが、最良の手段の一つと言うことができます。私はドイツに来ることによって世界中のいろいろな言語の先生に出会いました。彼らに言語修得法を問うと、全員口をそろえて「本を読むことをしないで、語学は修得できない」と言います。読むという行動を通して言語だけでなく教養をも身につけることができるのです。この教養無くしての言語修得はあり得ないと彼らは言います。私のドイツでの経験からも言えることですが、単なる会話技術のみに留まっていて、その会話を進行させる要素、内容が無ければ、人との接触も挨拶のみに終ってしまい、本当の意味での交流は不可能です。何を問われても残念ながら、私達、日本人が非常に得意としている、口をふさいだまま笑ってその場を切り抜ける、ということをせざるを得なくなってしまうのです。

「百利有って一害無し」という、タバコの効能に全く反することわざをこの多読にあてはめたいと思います。私は、いま奨励されている多読というものを多くの人達と同様に、疑問を持つことから始めましたが、幸運なことに、その効果を身をもって実感することができました。いざ実戦しようとすると時間の問題、やる気の問題がでてきます。しかし、ほんの僅かな時間で、つまり、一日に10分、5分、一文、一語でさえも、力を左右するのです。私は始めから優秀な学生であったのでは決してありません。IBUでもドイツでも最低のラインに立っていました。しかし、その私がそれなりに普通のレベルに達しドイツ語もそれなりに話せるようになったのは、多読のお蔭であるということは言うまでもありません。多読を通して、外国語に違和感を感じ無くなった今、これからも私は世界中の言語に挑戦していきたいと思っています。

さいごに

私がこれを書いた理由は、多読授業を始める学生に、授業に関する情報を平等に配布したかったからです。毎年、新一年生のためのオリエンテーションで、多読について説明しますが、多くの人がよく分からないままに授業を始めます。その後も何度か授業中に説明したりもしましたが、クラス毎に授業中に説明するのは時間が勿体ないですし、ひとつのクラスで言った事を他のクラスに言うのを忘れたり、機会がなかったり、というのは今までに何度もありました。何故このような方法で英語の読解力を養おうとしているかとか、何を目的としているかとか、どのようにすると効果があるのかとか、先輩の体験談とか、このように書いてハンドアウトにすると、皆に同じ情報が公平に行き渡ります。多読授業の価値や目的や勉強方法を理解して進めた方がやはり効果が大きいと思ったからです。

今までの経験では、その趣旨と目的と方法を理解し、納得した学生はより協力的ですし、また、成果もその方が大きいからです。このハンドアウトのお陰で、全員が良く理解して、授業に臨んでくれますので、大変やりやすくなりました。

これから 多読授業を始めます。多読授業を始める前に、この小冊子を読むことによって、多読とは何なのか、なぜ必要なのか、また、どのように学習を進めていくと良いのかが理解できたでしょうか。また、これを読 んで、「よし、出来るだけやってみよう 」と決心してくれたとしたら、それほどうれしいことはありません。あなた方と一緒に学習していくのを楽しみにしています。

この小冊子の読後感想を書いて来週の授業で提出してください。皆さんの目標や決意、また、この授業に対する期待などを聞かせて下さい。 

おわり

参考文献

Bamford, J. (1984). Extensive reading with graded readers. The Language Teacher, 8(4), 3-14.

Bamford, J. , & Day, R. (1997). Extensive reading: What is it? why bother? The Language Teacher, 21(5). 6-8.11-317.

Day, R. , & Bamford, J. (1997). Extensive reading in the second language classroom. Cambridge University Press.

Dupy, B. , & Krashen, S. D. (1993). Incidental vocabulary acquisition in French a foreign language. Applied Language Learning, 4(1), 55-59.

Elley W. B. , & Mungubhai, F. (1983). The impact of reading on second language learning. Reading Research Quarterly, 19(1), 53-67.

Elley, W. B. (1991). Acquiring literacy in a second language: The effect of book-based programs. Language Learning, 41(3), 375-411.

Elley, W. B. (1998). Raising literacy levels in third world countries: A method that works. Culver City, CA: Language Education Associates.

Giduz, H.(1939).Outside reading. Modern Language Journal, 24, 210-213.

Hafiz, F. M. , & Tudor, I. (1989). Extensive reading and the development of language skills. ELT Journal, 43(1), 4-13.

Helgesen, M. (1997). What one extensive reading program looks like. The Language Teacher, 21(5), 31-33.

Helgesen, M. (1997). Cringing those books back to the classroom: Tasks for extensive reading. The Language Teacher, 21(5), 53-54.

Hill, D. (1997). Setting up and extensive reading programme: Practical tips. The Language Teacher, 21(5), 17-20.

Hill, D. (1997). Graded (basal) readers - choosing the best. The Language Teacher, 21(5), 21-26.

Krashen, S. (1984). Writing: Research, theory, and application. Oxford: Pergamon Institute of English.

Krashen, S. D. (1985a). Inquiries and insights. Hayward, CA: Alemany Press.

Krashen, S. D. (1985b). The input hypothesis: Issues and implications. Culver City, CA: Language Education Associates.

Krashen, S. D. (1993). The power of reading. Englewood, CO: Libraries Unlimited, INC.

Krashen, S. (1994). The input hypothesis and its rivals. Implicit and explicit learning of languages. Academic Press Ltd.

Krashen, S. D. , & Kiss, N. (1996). Notes on a polyglot: Kato Lomb. System, 24(2), 207-210.

Krashen, S. D. (1981). The case for narrow reading. TESOL Newsletter, 12, 23.

Lee, S. Y., & Krashen, S. (1997). Writing apprehension in Chinese as a first language. ITL review of Applied Linguistics, 115-116, 27-37.

Mason, B. , & Krashen, S. (1997a). Can extensive reading help unmotivated students of EFL improve? ITL Review of Applied Linguistics, 117-119, 79-84.

Mason, B. , & Krashen, S. (1997b). Extensive reading in English as a foreign language. System, 4 (1), 1-12.

Mason, B. , & Pendergast, T. (1997). Shitennoji Kokusai Bukkyo Daigaku (IBU) ni okeru tadoku jugyou no naiyou. The Language Teacher, 21(5), 27-29, 49.

Mason, B. , & Krashen, S. (in press). Can we increase the power of reading by adding more output and/or correction? Texas Papers in Foreign Language Education.

Nation, P. (1990). Teaching and learning vocabulary. Boston, MASS.: Heinle & Heinle Publishers.

Nation, P. (1997). The language learning benefit of extensive reading. The Language Teacher, 21(5), 13-16.

Pilgreen J. , & Krashen, S. (1993). Sustained silent reading with English as a second language high school students: Impact on reading comprehension, reading frequency, and reading enjoyment. School Library Media Quarterly, 22, 21-23.

Robb, T. N. , & Susser, B. (1989). Extensive reading vs. skill building in EFL context. Reading in a Foreign Language, 5(2), 239-251.

Smith, F. (1998). The Book of learning and forgetting. New York, NY: Teachers College, Columbia University.

Tsang, W-K. (1996). Comparing the effects of reading and writing on writing performance. Applied Linguistics, 17(2), 210-233.

Waring, R. (1997). Graded and extensive reading - questions and answers. The Language Teacher, 21(5). 9-12.

Welch, R. (1997). Introducing extensive reading. The Language Teacher, 21(5). 51

Yoshida, K. (1997). Nihonjin no eigoryoku. Asahi Shinbun Weekly AERA, 3 (10), 60-61.